「評論スキーマ」で見える論理構造(センター入試から)

★センター入試の評論は、「評論スキーマ」の原型★
 2007年度(平成19年度)に実施されたセンタ―入試の大問1評論(出典:山本健吉氏『日本の庭について』)の論理構造。「西洋の庭」と「日本の庭」からそれぞれ抽出した美意識を背景に、「欧米的価値観と日本的価値観」を「過去から未来へ」という時間(時間軸)と関連づけながら、二項対立( 二つの概念が互いに矛盾や対立をしているような様)的に論理的な思考を深めていく。

 

 図の吹き出しの中に「入試評論文の基本的な概念構造(スキーマ)」とあるが、縦横の価値体系の軸が交差する論理的思考の枠組み「評論スキーマ」を前提に問題テキスト内の言語情報を処理していくと、入試評論の具体的な論理構造が本文から見えてくる。
 このように、論旨の論理的整合性や一貫性、素材の切り取りとしての完結性などをクリアした評論文には、二つの要素が対立的な概念構造の軸が複数見出せる。したがって、制限時間内で入試評論を解こうとする場合、「評論スキーマ」を念頭においてトップダウン的に効率よく問題文の論理構造を理解していくことが重要となるのである。

二項対立的な軸が交差する評論の「論理構造」

★二次試験の記述式問題は、全体の論理構造を押さえないと答えられない★
 2012年度(平成24年度)に九大が出題した評論問題(出典は内田樹氏『昭和のエートス』)。平成28年度は、東大も阪大も内田樹氏の評論から出題している。いずれの問題も論理構造がシンプルなので、「評論スキーマ」によるトップダウン処理を習得する入門として扱いやすいし、記述式の解答もスムーズになる。

 九大が出題したこの評論問題は、太平洋戦争の終わりを経験し、政治的イデオロギーにおける大きな断裂を等しく味わった昭和の人々を、伊藤淳氏の文を引用しながら「昭和人」として定義していくという内容であった。
 その「昭和人」を二つに分割して定義づける論理構造は、「戦前の全体主義と戦後の民主主義」という二項対立を縦軸、「政治的イデオロギーに対する信奉か迎合か」という人々の二項対立的な様相を横軸として、左の図のようなものになる。
 政治的イデオロギーと人々の様相という二軸の交差に加えて、人間的な深み・奥行きの有無という二項対立的な人間観をさらに加えた点(図では吹き出し部分)が、この問題文をやや難しくしている。
 このような全体の論理構造を把握できた受験生は、どの設問にも対応できる。

★「評論スキーマ」でトップダウン式に読もう★
 限られた字数内(2,000字から5~6,000字程)に論理的な整合性や一貫性・完結性をもったこのような入試評論なら、「評論スキーマ」からトップダウン処理していけば、論理構造を構築するのは難しくない。日ごろから「評論スキーマ」を念頭に文章の構造化を図っていくことを心がければ、高1の生徒からでも「評論スキーマ」は身につき始める。
 次からは、東大二次試験の評論に共通して存在する論理構造を組み立てていくプロセスを、学習の転移の話とともに見ていこう。

コラム:評論スキーマという「足場かけ」

★みんなに必要な「足場かけ」★
 学習の本質は、問題の全体的な構造を把握することにあり、特に論理的な文章の理解においてはそうです。ビルの工事を見てるとよく分かると思いますが、構造物を低い物から高い物へと建てていく際、安全に作業しやすい丈夫な足場を掛けておきます。それと同じで、評論問題の論理構造に関する学習のレベルを易しいものから難しいものに上げていく際にもやはり足場が必要であり、これを学習における「足場かけ」といいます。

★「評論スキーマ」が足場になる★
 「足場かけ」をすることで推論の力が効率よく高まり、学んだことの類似性を発見したり、学習したことの一般化が促されたりなど、効率的で安定した「学習の転移」が生じます。つまり、 「評論スキーマ」は評論問題の学習における「足場かけ」であり、低次の読解力から高次の読解力へと「学習の転移」を起こしやすくする足場だと考えてもらえればよいと思います。

東大過去問で学習の転移を図ろう!


★読解力を効率的に高めるには?★
 下の図は、トップページに既に掲載済みの過去三年分の東大入試「評論問題」の年度別論理構造(クリックすれば拡大、PDFで印刷可)であり、図には、問題文全体の論理構造を問う小問(五)の模範解答例も併せて追加している。

 平成26年度の難易度を「標準」とすれば平成27年度は「難化」、平成28年度は「易可」なのは一目瞭然。過去問学習の順として28年度➡26年度➡27年度の順でしたほうが、「評論スキーマ」の獲得や「学習の転移」にとっても良いだろう。

 「学習の転移」 とは、コラムでも言及したが、先に行った学習の成果が後に行う学習に対して効果的な影響を及ぼすということ。例えば、数学の授業では、まず定理の理解、次に定理を用いた基礎問題、そして標準問題、応用問題、難問というように学習が進む。その結果、各単元毎の数学的リテラシーが低次から高次へと転移し、学習者も自己の学習に対するメタ認知力やモチベーションも高まっていく。

 現代文の授業では、テキストや読解問題をやっても後続の学習に適用できる一般的な原理や論理構造の比較もないまま次の単元に進むというケースが多い。つまり「一話完結」型の授業が多く見受けられ、評論読解をやっても後続の学習に適用できるような一般的な論理構造の提示も相互の比較もないまま、次の単元に進むというケースが多い。結果、「スキーマ」獲得も「学習の転移」も実現できない一方で、読解力の向上は学習者本人の経験に任せることになってしまう。

★「評論スキーマ」が無いと解けなかった難問★
 東大入試としても難度が高かった平成27年度の評論問題における小問(五)では、合格者でさえも本文全体の論理構造を十分に踏まえた解答ができていない。論理構造を成す軸が5本もあるようなテキスト全体の論理構造を、「評論スキーマ」ももたないままに、自らの経験知のみで何とか組み立てようとした苦労の跡がうかがえる。 

シンプルな語句ほど普遍性をもつ➡「相対化する性質」をもつ語句

★「スキーマ」という枠組みへの穴埋め★
 「評論スキーマ」という入試評論問題の論理構造の原型が分かってくると、問題文を「評論スキーマ」を踏まえてトップダウン的(演繹的な推論)に読み進め、「評論スキーマ」の構造に当てはまる言語情報(文中の語句/語彙)を取り出し、デフォルトと呼ばれる穴埋め「当てはまりの良さ(goodness-of-fit)」の作業をしながら、全体の論理構造を組み立てることになります。
 
 入試に出題される読解問題が論理的思考力を問うものである以上、受験生の学力差がきちんと測れる良質な評論文には、当然、[二項対立軸の両極を成す語句]が繰り返し出てきます。その語句は、対立的もしくは対照的な概念構造の一方の集団を成す語句、言い換えれば、それ自体が[概念の相対性を示すような性質をもった語句]ということです。これは、本講座で取り上げた複数の大学の過去問を確認していくに、自然と身に付き始めます。

★「当てはまりの良い語句」って?★ 
 たとえば、[個人]と[集団][自己] と [他者][民主主義]と[全体主義][統合]と[分裂][共感]と[反感][虚]と[実]、[向上]と[低下][精神分析医]と[患者][過去]と[未来][知性]と[反知性][日本]と[西欧][精神]と[身体][送り手]と[受け手][音声]と[文字][強者(卓越者)]と[弱者(大衆)][期待]と[不安]、[行為]と[結果]、[予見可能]と[予見不可能]等々、[二項対立軸における両極を成す語句]は、数え上げればきりがないほど使われています。これらが社会の人間関係や哲学、思想、学問、政治などあらゆるジャンルの評論文で頻繁に用いられている「概念の相対性を示すような性質をもった語句」です。そして、それらは論理的思考の出発点となるシンプルで平易な語句がほとんどです。

★価値判断の相対化を促す語句を見つけよう★
 「評論スキーマ」を前提にトップダウン的に文章を読み進めていくときの心構えとして、[概念の相対性を示すような性質をもった語句]を見出しながら読むということです。問題を作る作問者側からしても、問題文には二項対立の概念を構成する対義語や反対語、対照語といった語句が反復されているものを選んでいるはずです。